倉俣史朗

作家情報

国籍
日本   
生年月日
1934/11/29 
享年
 
性別
男 
概要
日本のインテリアデザイナーである。空間デザイン、家具デザインの分野で60年代初めから90年代にかけて世界的に傑出した仕事をしたデザイナー。欧米の追随に陥らず日本的な形態に頼るでもなく日本国固有の文化や美意識を感じる独自のデザインによってフランス文化省芸術文化勲章を受章するなど国際的に評価をうけていた。そのあまりの独創性ゆえ「クラマタ・ショック」という言葉まで生まれた。
倉俣はインテリアデザイナーとして商業空間、家具・照明など手がけたが、あくまで自らの美学と感性を表現したものが多かった。例えば家具デザインについては「自分の思考の原点において確認するための手段」と考え180点余りの優れた家具デザインを遺しているが焼けこげた黒光するスチールを編んで作った椅子「ビギン・ザ・ビギン」などはお世辞にも機能的ではなくアートと言っても過言ではないため、商業デザイナーとしてなのかアーティストとしてなのか倉俣の評価が別れる所だ。また91年に亡くなった後は、日本のポストモダニズムの代名詞のように語られてきた。ポストモダニズムは現在、20代前半の若者には古くて少し恥ずかしい風潮として受け止められている。だが倉俣の儚さのある日本国固有の文化や美意識はポストモダンの一言では決して片付けられない。
引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%89%E4%BF%A3%E5%8F%B2%E6%9C%97
 
来歴
1934年11月29日 東京の本郷生まれる。父は行政官で、後に科学機関の副部長になった人物。
1950年 - 1953年 東京都立工芸高等学校木材科で学び、1953年から帝国器材で働いた。
1953年 - 1956年 桑沢デザイン研究所リビングデザイン科で学ぶ
1957年 - 1964年 三愛の宣伝課に就職し、ウィンドウディスプレイなどのデザインを手掛けた。
1964年 - 1965年 松屋インテリアデザイン室嘱託
1965年 クラマタデザイン事務所を設立
1967年 横尾忠則らとコラボレーションしたインテリアデザインなどで脚光を浴びる。このころから、彼が生涯にわたって好んだアクリル素材を用いて、日常の空間に無重力を作り出したような、透明で浮遊感のある作品を生み出していった。
1970年 「Furniture in Irregular Forms」シリーズで世界に広く認知される。
1972年 毎日デザイン賞を受賞
1981年 エットレ・ソットサス Jr.らによるイタリアンデザインの新しいムーブメントであるメンフィス(Menphis)の展示会に磯崎新、マイケル・グレイブスらと共に参加。
1981年 日本文化デザイン賞を受賞
1985年 Homage to Josef Hoffmann Begin The Beguine 発表
1986年  How High The Moon 発表
1988年 Miss Blanche 発表
1990年 フランス文化省芸術文化勲章を受勲
1991年 2月1日、急性心不全のため死去 56歳の若さだった
引用元:https://e-daylight.jp/interior/designers/shiro-kuramata/profile/index.html
 
ウェブサイト
https://e-daylight.jp/interior/designers/shiro-kuramata/index.html 

取引情報

日時 作品名 取引場所 落札額 備考
2020/02/13  Grün-Blau-Rot (Green-Blue-Red)  クリスティーズ  78,855,000円   
日時
2020/02/13 
作品名
Grün-Blau-Rot (Green-Blue-Red) 
取引場所
クリスティーズ 
落札額
78,855,000円 
備考
 

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